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2020/04/24
【良いモノ・アーカイブ】№73 Niccolò Paganini(ニコロ・パガニーニ)_音楽
筆者:大田忍

(By Jean Auguste Dominique Ingres – Web Gallery of Art:   Image  Info about artwork, Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=1221359)

 

「悪魔に魂を売り渡しのではないか」と言われるほどの技巧の持ち主で、フランツ・リストやその他の音楽家たちにも多大なる影響を及ぼしたイタリアのバイオリニスト、ニコロ・パガニーニについてのそうだったかをまとめました。

ニコロ・パガニーニのそうだったのか5選

 

1.シューベルト、リスト、ラフマニノフらに影響を及ぼしたパガニーニは、ベートヴェンが13歳のときに誕生し、57歳まで生きました

 

(文学)ウィリアム・シェイクスピア 1564–1616 (イングランド王国)

アントニオ・ルーチョ・ヴィヴァルディ  1678–1741(ヴェネツィア共和国)

ヨハン・ゼバスティアン・バッハ  1685–1750(神聖ローマ帝国)

フランツ・ヨーゼフ・ハイドン 1732–1809年(神聖ローマ帝国)

(文学)ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテ 1749–1832(帝国自由都市フランクフルト)

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト 1756–1791(神聖ローマ帝国)

ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン 1770–1827(神聖ローマ帝国)

ニコロ・パガニーニ 1782–1840(ジェノヴァ共和国)

フランツ・シューベルト 1797–1828年 (神聖ローマ帝国)

フェーリクス・メンデルスゾーン 1809–1847(自由都市ハンブルク)

ロベルト・シューマン 1810–1856年(プロイセン王国、ツヴィッカウ)

フレデリック・ショパン 1810–1849(ワルシャワ公国)

フランツ・リスト 1811–1886(オーストリア帝国)

リヒャルト・ワーグナー 1813–1883(ザクセン王国ライプツィヒ)

ヨハネス・ブラームス 1833–1897(自由ハンザ都市)

ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー 1840–1893(ロシア帝国)

エドヴァルド・グリーグ 1843–1907(スウェーデン)

レオシュ・ヤナーチェク 1854年–1928年(チェコ、モラヴィア)

クロード・アシル・ドビュッシー 1862–1918(フランス帝国)

エリック・アルフレッド・レスリ・サティ 1866–1925(フランス帝国)

セルゲイ・ラフマニノフ 1873–1943(ロシア帝国)

モーリス・ラヴェル 1875–1937(フランス共和国)

 

 

2.超絶技巧奏者パガニーニの人物像

「悪魔に魂を売り渡した」といわれるほどの超絶技巧のため、演奏会の聴衆には本気で十字を切る者やパガーニの足が地についているかを確かめる者までいたそうです。※1

そんなパガニーニですが、ヴァイオリンを5歳から弾き始めて13歳ですでに学ぶものがなくなったといわれています。少年時代から病弱でしたが、青年時代から恋愛と賭博を好んでいた破天荒ものだったようです。ナポレオン1世の妹、エリーズ・ボナパルトとポーリーヌ・ボナパルトと浮名を流していました。

Marie Guilhelmine Benoist 001.jpg

エリーズ・ボナパルト
(マリー=ギエルミーヌ・ブノワ – The Yorck Project (2002年) 10.000 Meisterwerke der Malerei (DVD-ROM), distributed by DIRECTMEDIA Publishing GmbH. ISBN: 3936122202., パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=147865による)

 

Pauline Bonaparte 2.jpg

ポーリーヌ・ボナパルト
(ロバート・ルフェーヴル – Quelle: Schwarzweißbild selbst gescannt und mit http://worldroots.com/brigitte/gifs12/paulinebonaparte1780-2.jpg eingefärbt, パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=1359553による)

賭博にまけてヴァイオリンを取られてしまうことまであったパガニーニ。そんなパガニーニにリヴロンという商売人が1743年にグァルネリ・デル・ジェスが製作したヴァイオリン「イル・カノーネ」を一生使用することを条件に譲渡します。このカノーネは、パガニーニの遺言で「他人に譲渡しない、貸与しない、演奏をしない」ということを条件に故郷のジェノヴァ市に寄贈しますが、現在では遺言を無視する形で貸与されています。

イル・カノーネ
(By Sailko – Own work, CC BY-SA 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=35214495)

 

このイル・カノーネ以外にもパリの弦楽器職人、ジャン=バティスト・ヴィヨームが1833年に製作したヴァイオリンもパガニーニは愛用していました。

 

3.影響

フランツ・シューベルトは、家財道具を売り払ってまでパガニーニの高いチケットを友人の分も含めて購入し、その演奏を聞き感動します。「アダージョでは天使の声が聞こえた」と評しました。フランツ・シューベルトが聞いた曲は、ヴァイオリン協奏曲でした。

フランツ・リストは、20歳のときにパガニーニの演奏を聞いて「私はピアノのパガニーニになる」と奮起し、超絶技巧を磨いたそうです。このときリストが聞いたのは、ヴァイオリン協奏曲第4番だと言われています。リストの有名な「ラ・カンパネラ」はパガニーニのヴァイオリン協奏曲第2番第3楽章のロンド『ラ・カンパネラ』の主題を編曲したもの。

 

4.パガニーニの曲

パガニーニはあまり楽譜の残さなかったので現存する彼の曲は少ない。

 

ヴァイオリン協奏曲第2番

シューベルトが演奏会で効いて感動し、「アダージョでは天使の声が聞こえた」と評したのがヴァイオリン協奏曲。

 

なかでも第三楽章の「鐘のロンド(ラ・カンパネラ)」が有名

 

 

ヴァイオリン協奏曲第4番

フランツ・リストが聞いたといわれる曲。

 

24の奇想曲

奇想曲とは、イタリア語で、カプリッチョ(capriccio)と言い、「気まぐれ」という意味を持つ音楽形式。狂想曲とも訳されます。狂詩曲はラプソディ。こちらは自由奔放な形式で民族的または叙事的な内容を表現したもの。
ヴァイオリンの独奏曲で技巧が随所に盛り込まれた難曲。

 

5.ヴァイオリンについて

中東を中心にイスラム圏で広く使用されていたラバーブが起源と言われるヴァイオリンは、世に登場したのは16世紀初頭だと言われています。

17世紀から18世紀にかけてイタリア北部のクレモナにおいてニコロ・アマティ、ストラディバリ一族、グァルネリ一族などの著名なヴァイオリン製作者が現れました。

クレモナ

 

とくに卓越していたのが、アントニオ・ストラディヴァリ(Antonio Stradivari)バルトロメオ・ジュゼッペ・グァルネリ・デウ・ジェス(Bartolomeo Giuseppe Antonio Guarneri

※2

 

 

 

参照

※1ニコロ・パガニーニ Wikipedia

※2ヴァイオリン on Wikipedia