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2020/07/27
【良いモノ・アーカイブ】№91 Scott Lafaro(スコット・ラファロ)_音楽
筆者:大田忍

(Quoted from Scott LaFaro, Bill Evans and Paul Motian 1961)

※写真:左端のドキュメントを覗き込んでいる若者がスコット・ラファロ

良いモノアーカイブの№88でビル・エヴァンスについて触れました。

ビル・エヴァンスのヴィレッジヴァンガードでのライブで共演している、というかビル・エヴァンス・トリオのひとりが、若きベーシスト、スコット・ラファロです。

ちなみにビル・エヴァンスのスコット・ラファロともうひとりはドラマーのポール・モチアン(Paul Motian)です。

このトリオのあとにも別のトリオを結成していて、そちらとわけてこちらをファースト・トリオと呼んでいます。

ビル・エヴァンス・トリオ(ファースト・トリオ)

このトリオは1959年に結成されています。スコット・ラファロは、1936年生まれなので、このとき23歳。ポール・モチアンは1931年生まれで、このとき28歳。ビル・エヴァンスは1929年生まれで、このとき30歳です。

このトリオまでは、ピアノ、ベース、ドラムはホーン奏者を支えるための伴奏やリズムなどの脇役のような立ち位置でした。ピアノ・トリオにしてもピアノがメインでした。が、ビル・エヴァンス・トリオでは、ピアノ、ベース、ドラムがおのおのテーマのコード進行においてインプロビゼーション(即興)を展開して干渉しあうスタイルをとりました。つまり脇役なし!というスタイルです。

では、どような独自性を発揮したかというと、ドラムのポール・モチアンは、ビル・エヴァンスのインプロビゼーションに対して、ブラシ・ワークやシンバル・ワークで挑むように対応していました。そしてスコット・ラファロは、高音域で対位法を弾き、新しい演奏スタイルを打ち出していました。

対位法とはバッハで有名な技法です。こちらの動画がわかりやすいと思います。

ビル・エヴァンス・トリオのアルバムは4つ

•ポートレイト・イン・ジャズ(Portrait in Jazz)

By Source, Fair use, https://en.wikipedia.org/w/index.php?curid=978116

 

•エクスプロレイションズ(Explorations)

Bill Evans Trio Explorations.jpg

By Source, Fair use, https://en.wikipedia.org/w/index.php?curid=978096

 

•ワルツ・フォー・デビイ(Waltz for Debby)

Bill Evans Trio - Waltz for Debby.png

By Source, Fair use, https://en.wikipedia.org/w/index.php?curid=37337434

 

•サンディ・アット・ザ・ビレッジ・バンガード(Sunday at the Village Vanguard)1961

Sunday at the Village Vanguard.jpg

By Source, Fair use, https://en.wikipedia.org/w/index.php?curid=986391

 

この4作は「リバーサイド四部作」と呼ばれています。リバーサイドは、レーベル「リバーサイド・レコーズ」より。

 

スコット・ラファロとは

アメリカのジャズ・ベーシストで1929年生まれ。そして1961には死去。死因は交通事故。ヴィレッジヴァンガードでのライブの11日後のことです。1929年とはどういう年かと言うとアメリカは、「寡黙なカル」で知られるハーバート・クラーク・フーヴァーが大統領に就任した年。また大恐慌が起こった年でもあります。まさにスコット・フィッツジェラルドがいうところのジャズ・エイジ。

ニュージャージー州のIrvington生まれ。Irvingtonはこんなところ。

(Quoted from Google Map

父はビッグバンドのミュージシャンでした。5歳でニューヨーク州のGenevaへ引っ越します。小学校からピアノを弾き始めます。

中学校でベース・クラリネット、高校でテナー・サックスを弾き始めます。そして18歳からベースを弾き始めますが、その理由が大学にて音楽教育を専攻するにはストリングスインストゥルメントを学ぶ必要があったためでした。

ちなみに大学は、Ithaca College

1955年、スコット・ラファロが26歳のとき、Buddy Morrowビッグバンドのメンバーになります。

そこをやめてからロス・アンジェルスに移り住みます。

スコット・ラファロは、一日の大半をベースの練習にあてていたそうです。

1959年、チェット・ベイカー、スタン・ケントン、Cal Tjader、ベニー・グッドマンらと共演したのち、ふたたび東海岸へ戻ります。そしてビル・エヴァンスとともに演奏するようになりました。ビル・エヴァンスはそのときマイルス・デイヴィスのバンドをやめたばかりでした。やめた理由は、白人ジャズマンへの周りからの非難や差別がつらかったためらしい。ドラマーのポール・モチアンも加わり、ビル・エヴァンス・トリオを結成。

そうしてスコット・ラファロは、どんどん売れっ子になっていき、スタン・ゲッツのバンドで演奏したり、Ornette Cloemanと共演したりしています。マイルス・デイヴィスからもグリーティングカードが届いていました。

そんな絶頂期(という言葉は嫌いですが)にスコット・ラファロは、1961年7月6日にニューヨークのフリントで交通事故にあい、死去してしまいます。ニューポート・ジャズ・フェスティバルでスタン・ゲッツと共演した4日後のことでした。スコット・ラファロの死は、ビル・エヴァンスに大きなショックを与え、数ヶ月公演やライブを取りやめたほどでした。そしてスコット・ラファロとの思い出の曲、ワルツ・フォー・デビイを取り憑かれたように何度も弾いていたそうです。

 

スコット・ラファロの演奏していた曲

ビル・エヴァンス・トリオだけではないのですが、スコット・ラファロの演奏していた曲をYoutubeからいくつかピックアップしてみました。

まずはやはりワルツ・フォー・デビイ。

 

 

こちらはスコット・ラファロがまだロス・アンジェルスにいたときの演奏です。

 

そしてわたしが好きなJade Visionsのtake 1のほう。

 

 

その他、素敵なアルバムがまだまだあります。なかでもVictor Feldmanとのアルバム、『The Arrival of Victor Feldman』がわたしは好きです。

The Arrival of Victor Feldman.jpg

The Arrival of Victor Feldman
By Source, Fair use, https://en.wikipedia.org/w/index.php?curid=49285529

 

ジャズの歴史

以下はまだわたし用のメモのようなものです。

  • アーリージャズ
  • クラシック・ジャズ
  • オールド・ジャズ
  • ディキシーランド・ジャズ
  • スウィング・ジャズ
  • クール・ジャズ
  • 1950年代〜1960年代:ビバップ
  • ハード・バップ
  • フリー・ジャズ

 

ジャズマンのリスト

以下のリストは、基本わたし用です。これから調べていきたいジャズマンたちをリストアップしています。

 

参照

※1Bill Evans on Wikipedia