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2022/05/19
“Hermesの箱”にある職人技
筆者:-

エルメスというブランド

銀座メゾンエルメスのウィンドウディスプレイ
「エルメス劇場」とも呼ばれるディスプレイは、アニー・ポメール女史が始めたもの
画像引用:エルメス

ファッションに詳しくなくても、知っている方の多いハイブランド、エルメス。その創業は1837年、高級馬具商から始まり、時代の変化に合わせて、バッグや財布の販売を始めて成功し、200年近くの歴史を持つまでになったラグジュアリーブランドです。当時のエルメスのCEO、ジャン・ルイ・デュマ氏の依頼によって、竹宮恵子氏によって描かれた「ヘルメスの社史」の漫画『エルメスの道』に、上記のディスプレイやスカーフなどの生まれた背景が詳しいです。

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帝国に吸収されていく職人気質のラグジュアリーブランド

経営と職人気質(かたぎ)の高級ブランドの相性は危うく(原価が高く、顧客が少ない)、そういったブランド価値はあるが、経営が傾きかけているブランドを、さまざまな業界において、帝国的な企業(コングロマリットを含む)が、買収して、傘下にしていくという潮流が、この40年ほどの間に流れ続けています。業界とは具体的には、酒、食器、自動車、そしてファッションです。

国家間での帝国主義は、第二次世界大戦あたりで、大々的には終焉を迎えていますが、ビジネスの世界では、現在がまさに帝国主義の盛りです。酒とファッションで富豪のベルナール・アルノーが率いるLVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)が帝国を築いています。車なら、ステランティスとフォルクスワーゲン。ステランティスの傘下には、アルファロメオ、クライスラー、シトロエン、ダッジ、フィアット、ジープ、マセラティ、プジョーなどの自動車ブランドがあります。食器の世界にも帝国があります。デンマークの老舗、ロイヤルコペンハーゲンやフィンランドのアラビアやイッタラ、イギリスのウェッジウッドなどは、フィンランドのフィスカース(Fiskars)の傘下です。

食器好きな方でも、フィスカースを知る人は少ない。

この話が、どうエルメスに関わってくるのか。エルメスもまた、LVMHの買収の危機に遭っているんです。ときは1980年、LVMHは、エルメスの株を17%所有していると発表します。これに対して、エルメスは一族で結集し、エルメスの株を50.2%所有する持株会社「H51」を設立します。こうして買収の危機の乗り越えました。このとき、エルメスが守ったは、もちろん自社であり、エルメスというブランドなわけですが、同時にアルチザン(職人)とその技術も守ろうとしていました。経営の拡張という哲学においては、コストが掛かる職人技(artisanship)というものも合理化の対象となります。たとえば、「北欧」の食器ブランド、ロイヤルコペンハーゲンは、現在工場がタイにあります。それが悪いことというわけではありませんが、職人技というものとローカルは強く結びつく部分もあります。

エルメスもいくつかのブランド(ジョン・ロブ、サン・ルイ、モッチ、ピュイフォルカなど)を買収していきますが、伝統技術の保護を目的として謳っています。

ここまでの流れをまとめると、エルメスというブランドをこう表現することができます。

帝国主義の侵略に打ち勝った職人技のブランド、エルメス

「職人」と「気骨」と「エレガンス」(エレガンスは急に出てきましたが、エルメスにエレガンスが含まれることについて説明はいらないのではないでしょうか)のブランド、エルメス。前置きが長くなりましたが、今日はそんなエルメスの「箱」についての話です。

ヘルメスのオレンジの箱

エルメスの特徴的なオレンジの箱
source: Hermes

エルメスの箱は、世界中どこで買おうと、このオレンジ色のザラザラとした手触りの箱に入れられます(家具以外)。ご覧の通り、製品にあわせてさまざまな大きさと形の箱があります。ちなみにアップルウォッチのエルメスバージョンを購入してもこの箱です。

エルメスのアップルウォッチはこんな箱に入っています。
source: WWD “Apple Watch Hermès in Stores Monday”

エルメスが、この色を選んだ理由は、第二次世界大戦時の物資不足でした(この大戦ではエルメスもとても厳しい状況に陥りました。そんな話もまた漫画『エルメスの道』に載っています)。1942年、クリーム色の段ボールが不足したとき、業者が残っていたものを使って作ったのが、このオレンジ色の始まりです。この偶然(?)により、エルメスは、自社のブランドカラーとして、この色を定着させていきました。

箱にある職人技

この箱は、フランスとイタリアにある7つのダンボールメーカーで作られています。この箱は、貼箱といって、ボディとなる箱の上に化粧紙を貼って形成されています。このオレンジのザラザラとした表面は、箱に貼られているわけですが、そうすると、ここに高い技術を見て取ることができます。それは「フレーム」模様です。

いかがでしょう?箱の角にぴったり合っています。こんな模様さえなければ、多少のズレは目立たなくて済みます。にもかかわらず、円柱型の箱にすら、このフレームが縁に沿ってずれることなく、貼られています。購買者は、この職人技に対してはほとんど意識することはないでしょう。しかし、箱の意匠には、「エルメスは職人技のブランド」という姿勢が現れています。ちなみに、箱の裏にある印刷は、活版印刷を使って印刷されています。

この箱は、スカーフの箱なので、注意事項などが書かれています。

触れると文字がわずかに凹んでいるので、活版印刷であることがわかります。

余談ですが、こんなエルメスの箱に似たこだわりを、京都の和菓子屋、末富の包装紙にもみることができます。その話はまた別の機会に。

末富の包装紙
画像引用:京菓子司 末富

まとめ

この箱のデザインのこだわりの費用対効果はどれほどのものか、わからないんです。ここに職人の技術やこだわりを見て取る人はほとんどいません。そのわりに手間暇と技術が注がれています。その分、高く売っているとして、高く売るために彼らが何をしているのかと言うと「ブランドの形成」です。それは一朝一夕でできるものでもありません。合理化を避けてなお生き延びることで、守られているのは、こういった美しい無駄なのかもしれません。そして、この無駄に感銘を受けるわたしからすると、無駄ということは、人間にとって不可欠なものなのではないか、という命題に考えが移っていきます。そんなわけで、エルメスの箱を手にすることがあれば、ちょっとその作りに目をやってみてください。裏の印刷にそっと指で触れて、小さな凸凹を感じてみてください。そして、帝国主義と合理主義に打ち勝って守ろうとしたものに思いを馳せてみてください。「ハイブランドの鞄を買うのは馬鹿な行為だ」という意見もおもしろいのですが、その意見の視界には、この無駄の魅力は写っていないのかもしれません。

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参照

Hermès – Wikipedia en.wikipedia.org
なぜエルメスでは、マネジメントよりも職人が強い権限を持つのか 美意識が磨くものづくりの未来優れたプロダクトの裏には、美意識をもった「目利き」が存在します。そのことを実感したのは、フランスからエルメスのトップマネジ president.jp