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2021/05/19
【良いモノ・アーカイブ】№108 ジャクソン・ポロック_アート
筆者:-

 

ジャクソン・ポロック(Paul Jackson Pollock)

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1912年1月28日 – 1956年8月11日
20世紀のアメリカの画家。抽象表現主義(abstract expressionist)の代表的な存在。ポロックの画法はアクション・ペインティングとも呼ばれています。

1912年(日本では「元号が大正」になった年)、ワイオミング州コーディで誕生。ワイオミング州コーディはここ。

1928年 ロサンゼルスのマニュアル・アーツ・ハイスクールに学ぶ
1930年 ニューヨークのアート・スチューデンツ・リーグ(The Art Students League of New York)で学ぶ。ここで画家トーマス・ハート・ベントン(Thomas Hart Benton)の指導を受ける。
1935年–1942年 WPA(公共事業促進局)の連邦美術計画の仕事を請け負う。これは、ニューディール政策の一環で、新進の画家に公共建築の壁画や作品設置などを委嘱したもので、マーク・ロスコ(Mark Rothko)、ウィレム・デ・クーニング(Willem de Kooning)などが参加しました。ポロックは、メキシコ壁画運動(メキシコ・ルネサンス)の作家ダビッド・アルファロ・シケイロス(David Alfaro Siqueiros)らの助手を務めました。そこで、巨大な壁に、スプレーガンやエアブラシで描く現場に衝撃を受けたそうです。

この頃からアルコール依存症が始まりました。

第二次世界大戦中に戦禍を避けてアメリカ合衆国に避難していたシュルレアリストたちとの交流やパブロ・ピカソ(Pablo Ruiz Picasso)やジョアン・ミロ(Joan Miró i Ferrà)の影響により、ポロックの作品は、しだいに無意識的なイメージを重視するようになっていきます。

1943年(31歳)頃から、キャンバスを床に広げ、刷毛やコテで空中から塗料を滴らせる「ドリッピング」や、線を描く「ポーリング」という技法を使いはじめます。床に置いて描くという描き方は、インディアンの砂絵からの影響だと言われています。ポロックは、単にキャンバスに絵具を叩きつけているように見えて、絵具の垂れる位置や量をコントロールしています。「地」と「図」が均質となったその絵画はオール・オーバー・ペインティング(All-over painting)と呼ばれています。

1951年(39歳)ごろから、プレッシャーやアルコール依存症の再発、新たな画境が開けないなどの理由からポロックは混迷期に入ります。

1956年(44歳)8月11日22時過ぎに酔って愛人とその友人を巻き添えに自動車事故を起こし死去。生き残った同乗者によると、ポロックは酒に酔い、ヒステリックに笑いながら猛スピードで車を飛ばしていたそうです。

ジャクソン・ポロックの代表作

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source: Mikey Goodman’s tweet
Full Fathom Five(五尋の深み)(1947年、ニューヨーク近代美術館)

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source: Amazon
The Deep (1951年)

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By Taken from Art Market Watch.com., Fair use, https://en.wikipedia.org/w/index.php?curid=7846487
Number Five (1948)

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source: Totally History
Male and Female (1942)

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source: Convergence, 1952 by Jackson Pollock
Convergence(収斂)(1952年)

参照