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2021/03/10
人が被害者をバッシングする理由 「公正世界仮説」
筆者:

 

ニュースなどで流れてくる事件や事故の被害者が、なぜか非難されるということがよくあります。これを「被害者非難」といいます。レイプされた女性に向けられることもあり、とても痛ましく思います。しかしどうして人は被害者をさらに非難してしまうのでしょうか。それは、非難する方々は、世界をこう見ているからです。

良いことは良い人に起こり、悪いことは悪い人に起こる

昔話や民話に限らず、わたしたちが日頃観ている映画やアニメ、ドラマにもこの考えがベースになっていることが多いですね。悪人にはバチがあたると思いたいし、善い行いをする人はいつか報われると思いたい。そう考えると社会にとって良いフレームになりそうな世界観ですが、この世界観が被害者を責めてしまう動機にもなっています。なぜなら、

悪いことがおきてしまった人は、悪いことをしたはず

という論理になるから。被害者にはたまったものじゃなありません。しかし、この世界観を壊してしまうと、悪は繁栄することがあるし、良い行いには報われる保証がないことになってしまいます。これを公正世界仮説といいます。実際の世界とは異なる歪んで認知された世界観です。

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公正世界仮説とは

公正世界仮説 とは、

この世界は「良いことは良い人に起こり、悪いことは悪い人に起こる」公正な世界だと考える傾向

です。

英語:just-world hypothesis。公正世界誤謬(just-world fallacy)とも呼ばれます。この世界は、人間の行いに対して公正な結果が返ってくるものだと考える傾向です。1960年初頭の社会心理学者メルビン・J・ラーナー(Melvin J. Lerner)の研究が嚆矢となりました。

論拠

メルビン・J・ラーナー(Melvin J. Lerner)は、苦痛を受けている犠牲者を第三者が非難するところを研究中何度も目撃しました。1966年ラーナーらは電気ショックを受ける人をみて被験者たちがしだいに蔑むようになる傾向を観察しました。(※5)

公正世界仮説を信じる人々は、「世界」が人の行為を「考慮する」と考えています。「誰も観ていなくても神様は観ている」など。これは、ある種の「契約」として機能します。

公正世界仮説のメリット

公正世界仮説を信じている場合、短期的な報酬を軽視し、長期的な報酬を選択する傾向が高くなります。つまりちょっと先の未来に対して努力することが可能になるということです。(※2)(※3)

また公正世界仮説を信じているひとは、生活満足と幸福度が高い傾向があります。これは未来に対して抱く不安が少なくなるためでしょう。

加えて公正世界仮説は利他的行動と正の相関がありました。公正世界仮説を支持している人は、他者に対し他者のために行動をするということです。さもありなんな傾向ですが、これは良い行いをすれば良いことが起こると信じているからです。

2013年のメタ分析によれば、公正世界仮説を信じている人は、神経症的であることが少なく、外交的で協調的な人が多いという結果になりました(※4)。

公正世界仮説のデメリット

被害者非難が発生する場面

一般的に人には、無実の犠牲者の苦しみを見るとその苦しみの原因がその犠牲者にあると考えたり、犠牲者を軽蔑する傾向があります。そんな被害者非難が発生する場面例を挙げてみましょう。

(1)暴力・レイプ
レイプの被害者を非難する傾向がある。

(2)いじめ
いじめに関しては公正世界仮説を親している人ほどいじめを否定、非難する傾向がありました。つまりいじめの被害者を非難せず、加害者を非難する傾向があったということです。レイプの被害者を非難する傾向がある。

(3)病気
人々には、病気が、そのひと自身のせいであると考える傾向があります。消化不良、肺炎、胃がん、その他重篤な疾患に罹患している患者に対する被害者非難を観察しています。(※6)

(3)病気
公正世界仮説を信じている人は、貧しい人々に対しても被害者避難を向ける傾向があることがわかりました。(※7)

応用・まとめ

公正世界仮説は、被害者を不当に責める傾向を人々の中に発生させますが、その一方で幸福で生活満足度を高める効果を持っています。いわばその代償として公正世界仮説は、人々が被害者に接する時、彼らを不当に軽蔑し、非難する誤作動も起こしてしまっているといえます。

ゆえに通常は公正世界仮説のメリットを享受し、良い行いは将来報われると考えてメンタルヘルスを向上させて良いかもしれません。その一方で被害者と接する場面では、この公正世界仮説のデメリットを喚起させる習慣やシステム構築をしておくと良いでしょう。

しかしわたしの考えは、「良い行いは報われる」「悪者は罰せられる」という考えは、「頑張れば報われる」と同じように近視眼的な思考停止に結びつく気がしています。宗教やスピリチュアルも人々の幸福度を高めます。ただどこかしら不健康なゆがみがあるように思うのです。報われない努力もあるし、報われない良い行いもあります。また罰せられない悪もこの世には多く存在します。その上でどういう生き方が、自分自身の幸福に結びつくのか、ということを再構築する方が楽しそうな気がします。この場合、それでもやはり他者の幸福を願う行動をとる方がメリットがあるという考えに結びつき得ると考えています。

ところで「自己責任」という言葉が出てきたら、一度この公正世界仮説を疑ってみると良いかも、とわたしは考えています。

認知バイアス大全

こういった認知バイアスをまとめたnoteのマガジンが「認知バイアス大全」。毎週火曜日と水曜日の15時更新。公正世界仮説は認知バイアス大全の№134。

236ある認知バイアスの一覧はこちら。

関連記事

救いが保証された世界を求める動機は、宗教やスピリチュアルも構成しています。

「頑張れば、報われる」という盲信もまた公正世界仮説に近い思考停止を含んでいます。こちらは、わたしの記事ではありませんが、とても参考させてもらっている記事です。

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参照

※2 Foregoing the labor for the fruits: The effect of just world threat on the desire for immediate monetary rewards☆

※3 Rejecting victims of misfortune reduces delay discounting

※4 The Belief in a Just World and Personality: A Meta-analysis

※5 An Overview;Advances in Belief in a Just World Theory and Methods

https://link.springer.com/chapter/10.1007%2F978-1-4757-6418-5_1

※6 Disease as Justice: Perceptions of the Victims of Physical Illness

※7 Lay causal perceptions of Third World poverty and the Just World Theory