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2019/11/12
【良いモノ・アーカイブ】_No.9_ Pendleton(ペンドルトン)_衣服
筆者:大田忍

持っていて心地よいブランケット、ペンドルトン

ネイティブアメリカン由来の柄がシグニチャでもあるアメリカのテキスタイルメーカー、ペンドルトン。
その概要、歴史、ロゴ、価格について。
目次
  • 概要 —ペンドルトンとは—

  • ロゴ

  • 価格

概要 —ペンドルトンとは—

ペンドルトンのルーツは、1863年のアメリカから始まります。
1863年、アメリカの大統領は、かのエイブラハム・リンカーン。
(出典:Wikipedia
アメリカの第19、20大統領。1861年〜1865年まで。1865年は任期中でしたが、暗殺されました。
その年の4月、俳優のジョン・ウィルクス・ブースに至近距離から拳銃で後頭部を狙撃されて。
その前年の1864年にも、別荘からホワイトハウスへの出勤途中にも狙撃されています。このときは、銃弾は帽子を貫通しただけですみました。この暗殺未遂を契機にシークレットサービスが組織されました。
そんな時代にトーマス・リスター・ケイ(Thomas Lister Kay)という織物職人が、英国からアメリカにやってきます。
「アメリカで自らの手で育てた羊からウールを生産したい」という思いを携えて。
素材作りから製品まですべてやるという意味では、シャンパンでいうところのレコルタン・マニピュランに近い。
トーマス・リスター・ケイは、1863年にアメリカにきて、大西洋岸を下り、太平洋岸を登りながら、理想の地を探し続けました。そして4ヶ月後、オレゴンに腰を落ち着けます。(すごいグルっと回っている。)
オレゴン(Wikipedia)
オレゴンにて、家族運営の羊毛工場を作り、長女のファニーにそのノウハウを伝授し、経営を譲ります。
その後、三十年の間にファニーは、ネイティブアメリカンとの交易を作り上げて、工場を大きくしていきました。ファニーは、1876年に小売業者のC.P.ビショップと結婚し、製造と小売が結びつきます。ファニーはその後、経営をサン人の息子たちへ譲渡します。
1909年に、廃業していたPendleton Woolen Millsを購入し、稼働します。そして色鮮やかなパターンを施したネイティブアメリカン柄のブランケットの製造を始めます。
なので、ペンドルトンのブランケットの起源は、1909年。2019年現在で、ペンドルトンのブランケットは、110周年を迎えることになります。
ブランケットから始まり、シャツなどのアパレルまで製品の幅を広げ、今日に至ります。
日本の公式ウェブサイト
アメリカの公式ウェブサイト

柄の由来

ペンドルトンが、どうしてアメリカ先住民の柄を使ってブランケットやシャツなどを作っているのかと言えば、彼らは、1909年のペンドルトン羊毛工場の創業当時から、アメリカ先住民向けにブランケットなどを製造してきたから。そのために、ジャカード織りのジョー・ローンズレイ(Joe Rawnsley)は、オレゴン北東部の部族とともに過ごして、ネイティブアメリカンたちの色やデザイン対する趣向を理解しようと努めたほどです。
ナバホ族の作家、レイン・パリッシュは、 著書『The Language of the Robe: American Indian Trade Blankets』でこう述べています。
「子が生まれた時にPendletonのブラッケットを贈り、結婚式では女性の身体にPendletonのショールを、男性にはPendletonのローブを掛けて祝います。」
(Pendletonの日本公式サイトより)

ロゴ

このロゴに使われている書体は、
モダンローマン体が、ファッション関係のロゴで使用されるとき、ハイブランド志向のニュアンスが含まれます。
モダンローマン体とは、18世紀から作られ始めた書体で、特徴は
ハイコントラスト
細い線と太い線のコントラストがはっきりしています。
とくにこのWTCの Our Bodoniは、セリフ(文字の端にある水平線)が直線で、ITC Bodoniなどにみられるカーブがありません。
Didotなどに近い。
いつからこのロゴに変わったかはまだわからないのですが、ペンドルトンがファッションブランドとして高級志向であることは伺えます。
ネイティブアメリカン模様をあしらいつつもハンドメイドの温かなというイメージ以上に高品質で高級であらんするブランディングをしています。
sacaiとのコラボレーションなどからもその意向は伺えます。
ただし、このとき使用しているロゴは、こちら。
アメリカ的でありハンドメイドニュアンスが強い。

 価格

CHIEF JOSEPH ROBE/SAPPHIRE