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2018/08/14
どうして本を読む必要があるのか(7)フィクションの必要性
筆者:大田忍

 

弊社では、週1冊、なんでも良いから本を読む、というノルマを課しています。読んだ本はこちらで紹介しています。
CREATIVE LIBRARY

これまでのどうして本を読む必要があるのかブログ

1回目:本を読むの理由:ビジネス

2回目:読んでどうする? それはコンバージョン

3回目:読んだ後にすべきこと1=行動

4回目:読んだ後にすべきこと2=ストック

5回目:「オススメ・キンドル」

6回目:「速読」

今回のテーマは、
「フィクションの必要性」

結論から言いますと、

「成果を求めるなら、無駄が重要」

という話になります。

フィクションを「無駄」と
言いたいわけではないありません。

ここでの「無駄」は
「目前の目的と直接関係のなさそうなもの」
いう意味です。

この「どうして本を読む必要があるのか」
というブログは、
「ビジネスに役立つ読書」というテーマで
書いてきています。

ビジネスを「人生」に置き換えても
さして意味は変わりません。

私たちの生活はこれから
劇的に変化していきます。
変化のスピードとパラダイムが
ガラッと変わるであろう
予言めいたことが、
ダ・ヴィンチ・コード』の作者、
ダン・ブラウンの最新作『オリジン』(おもしろいです!)
にも描かれています。

変化を乗り越えて、
楽しく生きていくには、
自分たちも変化しいく必要があります。
そして変化に必要なのが「独学」です。

もっとも、
そのための基礎的な方法が読書です。

池上彰さんと佐藤優さんは、
「新聞で知り、本で理解する」
とおっしゃっていました。

ネットでほとんどのことがわかる、
と思いがちですが、そうでもありません。
ネットももちろん便利ですが、
緊急性が高いもの以外なら
ネットのニュースよりも
新聞のほうが良いです。

これは先日お会いした読売新聞社の
記者にお伺いした話ですが、

新聞は、
紙面や見出しの大きさで、
記事のプライオリティを
直感的に理解できるからです。

ネットでのニュースのように
記事が並列されずに、
レイアウトされるので、
ネットやテレビでニュースを知るより、
ずっと効率が良い。

しかしニュースの向こう側にある
背景については、
新聞からではなかなか知ることができません。
さらによく知りたいと思うテーマがあれば
ネットで調べるよりも、
本を数冊買うほうが、
やっぱり効率が良い。

理由は、品質が、
出版社の名のもとで保障されているから。

本は、出版に
責任を負っている存在が
あることがひとつのメリットです。

また
あるテーマの知識が、ある存在によって
1つの存在にコンパイルされている
こともまたメリットのひとつです。

本で得た知識を使う際に、
本という単位で学習できると
参照したり、読み返したり、
はたまた記憶にストックするさいにも
とても便利なユニットになるわけです。

ところでニュースになっている
国内外のいろいろなことについて
基礎的な知識が得るには、
池上彰さんの
『知らないと恥をかく世界の大問題』
シリーズがオススメです。
現在、「
まで出ています。
これは2018年6月に出版されたものなので
現在のニュースに近く、タイムリーです。

 

閑話休題。
フィクションの必要性についての話に
戻りましょう。

ビジネスに絡めた、使えそうな知識の
話ばかりしていると
「小説とかそういうものを読む必要ってあるんですか?」と
尋ねられることがけっこうあります。

答えは、 イエス です。
有ります。

理由は、3つあります。

1つめは、境界線を体得する

2つめは、自分の、または他者の感情を知る能力があがる

3つめは、教養を得る。

以前、教養というものを得るための読書をするな、
というようなことを書きましたが、ここでいう
「教養」は、もうちょっと具体的なツールとしての
意味です。1種のプロトコルとして保持しておきたい
知識を意味しています。

フィクションが必要な理由1
「境界線を体得する」

ここでは、小説や詩、
そういった創作を
いくぶんの語弊はあるものの
フィクションとして一絡げにしておきます。

フィクションはなぜ必要か?

フィクションを読まないと
自分がいる世界と
それ以外の世界の
境界線が見えなくなるからです。

最近死刑執行により
話題として再燃している
オウム真理教がありますが、
このカルト宗教には、
多くのエリートが入信していて
「頭の良い人がなぜ?」と
いう疑問がうまいことを
解決されずに、事件は過去に
流れていきました。

少し前に出版された本に
今更ながら
「なるほど、そういうことなのか」
と思える解答を見た気がしました。

その本は、村上春樹さんの
『職業としての小説家』

この中で、
オウム真理教の信者の多くは、
小説などのフィクションを
ほとんど読まない人たちだったことが
紹介されていました。

ここでは、
フィクションを読まないでいる人は、
「フィクション(虚構)と現実の境目を見分けられない」
のではないか?といった推論に至っています。

つまり私たちは、
フィクションを多く読むことで
こっちとあっち、
わたしとあなた、
内と外、
想像の世界と現実の世界、
の間の境目を学習しているのです。

これはつぎの理由とも
関連してくるのですが、
自分の居る場所ではない
世界への理解は、
コミュニケーション能力にも
大きく貢献します。

また経営者であれば、
ドグマに陥いる危険から
身を守る力にもなります。

学校や会社など
閉じられた世界のなか
以外にも世界があることを
知ることは、場合によっては
自殺などにいたるうつ病の
予防にもなるかもしれません。

世界には、自分のいる場所とは違う
世界が多々あること、その境界線を
行ったり来たりして覚える、
フィクションにはそういう力があります。

フィクションが必要な理由2
「自分の、または他者の感情を知る能力があがる」

これは単純に
自分ではない誰かが主人公の話を
読むわけですから、
それすなわちロールプレイングになるからです。

女性が主人公のフィクションを
男性が読む、
経営者が、従業員が主人公の小説を読む、
アメリカ人が、パレスチナ人の話を読む、
日本人が、イスラム教徒の話を読む……
この経験が、他者とコミュニケーションするときに
大きく良い影響を及ぼすことは
意見を待たないのではないでしょうか。

ビジネス書ばかり読む経営者と
小説も読む経営者ならば
コミュニケーション能力のみならず
クリエイティビティにも
大きな差が生まれるはずです。

この辺の話は、
リベラルアーツの学習にも通じますが、
今回は省きます。
詳しくは、
山口周さんの『外資系コンサルが教える 読書を仕事につなげる技術
にかかれています。

最後に3つめです。

フィクションが必要な理由3
「教養を得る」

「物知りになる」ための教養ではなく、
「共通言語」として使われる知識としての教養を
身につけておいたほうが何かと良い、
という話です。

ギリシャ神話、
キリスト教、
ユダヤ教、
イスラム教、

シェイクスピアの三大悲劇、
白鯨、
レイモンド・チャンドラー、
ディケンズ、

などなど
引用として使われる小説、
背景としてある宗教を
知っていないと
「劣っている」と見なされる、
すくなくとも、
共有の知識に不足を感じられてしまう
ことがあります。

絵画やアートの背景には、
だいたい宗教か神話があります。

シェイクスピア等であれば、
ホレイショーやら
オフィーリア、
リア王や、
コーディリアなど
たとえとして使われることがあります。

古典のフィクション(宗教を含む)を
一通りおさえておかないと
これらが何を意味しているのか
理解できないわけです。

逆にわかっていると
『リア王』を知っていれば、
「それならコーディリアやケント伯は誰なんだ?」とか
返すこともできるだろうし、
『クリスマス・カロル』を読んでいれば、
「スクルージを救うマーレイはいないのか」
と話を理解することもできます。

これらは、
いやらしい教養のスクリーニングでもあり、
と同時に話をスムーズにするための
共有言語(プロトコル)としても
機能します。

以上の理由で、
フィクションを読む必要があるわけです。

 

「効率」について調べれば調べるほど
「無駄」が有効だという話が多く見受けられます。

例えば、
一日に1時間から2時間の「予定のない時間」を
スケジュールに設けておく。
これがあることで、急な仕事が発生しても
スケジュールどおりに仕事をこなすことができるように
なります。

これに似てか、
ビジネスに関係のなさそうな
フィクションを読むということは
ビジネスに必要になってきます。

そういう意味では忙しい人ほど、
フィクションを読む時間を
作ったほうが良いでしょう。

 

次回は、
いつも話が長いので
短めにして
「音読」ついて
お話します。