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2018/11/01
どうして本を読む必要があるのか(8)音読のススメ
筆者:大田忍

「読書百遍義自ずから見る」という格言があります。

「どくしょひゃっぺんぎおのずからあらわる」と読みます。
「見る」は「みる」じゃなくて「あらわる」って読むんですね。

中国の『三国志』に出てくる言葉で、
「難しい本でも何度でも読んでいれば、自然と意味がわかってくる」
という意味です。

とはいえ、100回も読んでられるかいな、
と考えるべく現代ですが、
実際にそういうことをしてた方も
近年にいらっしゃった。

1970年代までちょっとさかのぼりますが、
アラン・ケイという方がいて、かれは
いわゆる「パーソナル・コンピューター」という概念を
打ち立てた方です。
アラン・ケイは、おそろしく難解なマーシャル・マクルーハンの
『グーテンベルクの銀河系』(※1)
という本を他には何もせずに半年間読み続けたそうです(※2)。
そうしてまだコンピューターが政府や大手資本の銀行が大型の投資をして導入するのが常識だった時代に、
「コンピューターはやがて計算機というよりもメディアに近いものになる」という天啓を得るに至ったそうです。
まさに「読書百遍意自ずから見る」を地で行く話です。

真似しがたい話ですが、
一見遠回りで、そして何かを得られる保証など
何もない時間と労力の投資行動ですが、
さりとて結果をみると
無駄とも思えません。

直近の生産性ばかり追い求めるのは
おそらく間違いです。
その辺は、投資の神様、ウォーレン・バフェットの
言動を参照すると確信になっていきます。
が、この話は今回脇へおいておいて。

音読の話です。

明治時代くらいまで読書は音読が普通でした。
電車の中でも音読で本を読んでいたそうです。
それが黙読になったのは、明治になってから
図書館などでは音読や雑談が禁止されるようになってからだそうです。(※3)

日本は、江戸時代、
鎖国しているにもかかわらず
識字率がものすごく高く80%ほどありました。
同じ頃、産業革命を経たイギリスでも
識字率は20%程度だったそうです。
いかに日本人の知的レベルが
高かったか、伺えます。

それを支えていたのが
寺子屋(てらこや)です。

ここで教えていた読み書きは、
先生の書く字をひたすらなぞり、
読む本を追って読む、というものだったそうです。

非効率に見えて、
「何度も読む」という習い方は
なかなか有効だったのではないでしょうか。
そして、このときの本の読み方は
音読でした。
当時の子どもたちは、
肉体的に読み書きしていた
とも言えるでしょう。

その名残りでしょうか。
少し古い作家の本は、
とても音読しやすい。

例えば、阿川弘之
阿川佐和子さんのお父さんですが、
大正生まれの著名な小説家、評論家で
試していただけるとわかりますが、
しゃべるように、楽しく音読できます。

随筆家の武田百合子さんの本も
非常に音読しやすい。
そしてどこにあるのかわからないのですが
色気が漂ってきます。
少しでも興味を持たれたら
ぜひとも一度手にとって音読していただきたいです。

なぜ音読しやすいのか。
それは音読されることを
念頭においていて、
リズムや息継ぎのタイミングみたいな
ものが文に含まれているからです。

今では、
おざなりにされがちですが、
これは物を書くということにおいて
大事にしたほうが良い。

よく教科書にでてくる
外山滋比古さんも
音読することで
「文章の調子がつかめる。黙読では見落としているところに気づくようになる」
とおっしゃっています。(※4)

わたしも音読をときどきしますが
そのきっかけは、熱海の温泉宿に
デートで宿泊したときでした。

することがあまりないので
宿のライブラリから本を一冊選んで
部屋に持ち帰り、連れ合いに
音読して聞かせたのが音読の習慣の
始まりでした。

2人で同じを読めませんからね。

その時読んだ本は、
小川洋子さんの『海』(※5)という
短編集でした。

これがまたそこはかとなく
色気のある話が多く、
デートにはぴったりでした。

そんなわけで
たまに音読してみることを
お勧めします。

声に出して読んでみて
難しい漢字以外で読みづらいときは、
自分よりも本を疑って
かかっても良いかもしれません。
良書は、やっぱり読みやすいことが
多いので。

※1
マーシャル・マクルーハン『グーテンベルクの銀河系』

※2
山口周『読書を仕事につなげる技術』

※3
森洋久「明治の声の文化」

※4
外山滋比古『知的文章術』

※5
小川洋子『海』