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2021/02/08
蕎麦の種類と歴史
筆者:

蕎麦の種類を知らないの調べてみました。

蕎麦とは

まず蕎麦タデ科の1年草。蕎麦にはいくつの食べ方がありますが、麺にしたものを蕎麦切りと言い、日本では蕎麦はほとんどこの蕎麦切りを意味しています。海外でもそばは食されます。英語で、そばは、「buckwheat」と言います。フランスのガレット(galette)もそば粉を使って作られます。

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チェリーガレット
By Timothy Vollmer – https://www.flickr.com/photos/sixteenmilesofstring/14191779866/in/photolist-nC5zHL-6AjRn8-4UEcK3-d96SEf-8BFAsz-BmcQms-RkR8L4-7vSgLV-p2Lsit-7vW5Rq-b8UNXB-7vSgEg-7vSgB6-7vSgQr-7vW5qA-7vSgTe-b8UNdH-7vSfcr-ba38g8-2i4s2Se-7vSgxv-7vSguD-24uJeVi-7vSg3z-7vSfYB-9QHhks-7vSgbp-7vW5hS-7vSf8n-7vSgqM-7vW56L-7vW5Bj-7vSf4c-7vSfQn-7vSfsa-7vW46J-7vW53G-7vW5dY-4iKedY-7vW59Q-7vW4V9-7vW4tN-7vSfkB-dUoVNf-7vSghP-7vW4xy-7vSeHF-7vW43h-5HJ9tJ-7vSePZ, CC BY 2.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=89546893

蕎麦は、稲作ができない土壌や厳しい気候で育つので救荒食物(きゅうこうしょくもつ)として活用されてきました。救荒食物とは、基金や災害時に蓄えて備蓄されて食される食べ物です。

殻がついたままのそばの実は「玄(げん)そば」、殻を取り除き割れずに原型をとどめているものは「丸抜き」、丸抜きを挽いたものを「そば粉」と言う。そば粉だけだと切れやすいので、小麦やふのり、卵、山芋などのつなぎを混ぜて作ることもあります。

そばがきとは

蕎麦の実を挽いてつくるそば粉を熱湯で練って食べるもの。

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蕎麦がき
画像引用:Ajinomoto Park 「蕎麦がき」

レシピはこちら。

蕎麦の歴史

江戸時代の初期になってうどんに着想を得て、蕎麦切りという食べ方が生まれたようです。江戸時代中期に入って蕎麦切り専門店が登場し、江戸にて普及しました。

時そばという落語もあります。この落語が生まれたのは1726年ごろで、元になっているのは、京都で刊行された笑話本「軽口初笑」の「他人は喰より」。時そばは、上方落語の「刻うどん」を江戸に移入したもの。

ソバそのものは、奈良時代(710–794年)以前にすでに日本に伝来していまいた。当初は、貴族や僧侶からは蕎麦は食べ物であるという認識がなく、農民たちが飢饉などに備えてわずかに栽培する雑穀だったようです。

蕎麦の種類

更科(さらしな)そば

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画像引用:「更科そば」とは?味や特徴の解説と発祥のお店紹介

更科は、そばの名産地、信濃国(長野県)にあった更級郡(さらしなぐん)の名が由来。胚乳部分のみを挽いた、白い粉を用いてつくる蕎麦切りです。このそば粉は、更科粉または一番粉と呼ばれます。更科粉、香り高く、喉越しが良い。白さが特徴です。なぜ「一番粉」かというとソバの実を石臼で挽くと最初に出てくるのがソバの実の白い中心部分だから。中心なのに最初に出てくる理由は、ここが一番やわらかいから。白くて良質な部分が一番粉で、これを使って作るので更科そばは白い。

田舎そば

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画像引用:icotto 「体にイイ!東京で美味しい田舎そばが食べられる名店6選

一番粉以降の甘皮ごとひきこんだ全層粉などで打った蕎麦や「玄そば」を挽いた粉を使った蕎麦です。色が黒く、甘みと香りが強い、野趣あふれる蕎麦。エグみも強くなります。

十割そば

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画像引用:出雲たかはし

じゅうわりそば。つなぎを一切使わずにそば粉だけで打った蕎麦です。生粉打ちそばとも呼ばれます。

二八そば

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画像引用:食べログ「二八そば ひらい」

にはちそば。そば粉8に対して、小麦粉などのつなぎが2の割合の蕎麦。八割蕎麦とも呼びます。江戸時代に、その値段が十六文だったことから「2と8をかけたもの」で「二八そば」と呼ばれるようにあったとも言われています。

変わりそば

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画像引用:自由気ままに・そば打ち日記

更科粉に蕎麦以外の素材を練り込んで打ったそば。柚子や紫蘇、からしや季節を感じさせるものなどが使われます。色鮮やかなものは「色物」と呼ばれます。最も古い変わりそばは、寛延(かんえい)3年(1750年)に発行された『料理山海郷』に出ている「玉子蕎麦切」だそうです。

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現代語訳された『料理山海郷』

茶そば

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画像引用:変わりそばは、そば打ちの最高の技術。(北松戸 そば・うどん 手打ちそば長幸)

変わりそばの一種で、そば粉に抹茶を練り込み作った蕎麦。抹茶の風味と色合いを楽しめる蕎麦です。

寒ざらしそば

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画像引用:tenki.jp「厳寒期に仕込む 「寒ざらしそば」。冷水にひたして寒風にさらすと、風味がアップ !!」

ソバは秋に収穫されるため、秋頃になると「新そば」が蕎麦屋さんに出てきます。その一方で、「寒ざらしそば」は、収穫した玄そばを、冬の厳寒期に冷たい水につけ、それを寒風にさらして乾燥させたものを使って作る蕎麦です。この工程によってアクト渋みが抜けて、甘みが増し、舌触りが良くなります。この製法は、江戸時代に徳川家に献上するために考案されたもので、この製法によって夏でも蕎麦が食べられるようになったそうです。

韃靼(だったん)そば

韃靼そばは、他の蕎麦と蕎麦の実の種類が違ってきます。ダッタン種という種類で、普通のそば(文字通り普通種)とことなり苦味が強い。普通種は中国では「甘そば」と呼ばれ、ダッタン種は「苦そば」と呼ばれています。

この苦味の正体は、普通種にも含まれているルチン。ダッタン種は普通種の100倍ほどルチンが含まれています。苦味はルチンが分解されてできるケルセチンによって生まれています。ルチンは毛細血管を強化する働きがあり抗酸化物質と言われています。

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こちらが韃靼そば。普通のそばより小さくて丸みを帯びています。
画像引用:日穀製粉株式会社「韃靼そばうんちく話」

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こちらが普通種。黒くて三角形。
画像引用:日穀製粉株式会社「韃靼そばうんちく話」

「一枚」って?

食べる蕎麦を「一枚」と呼んだり「一杯」と呼んだりします。1杯とは、お椀に入った温かい蕎麦のときに使う単位。天ぷらなど乗ったものを種物(たねもの)とも呼びます。1枚は、冷たい蕎麦であるざる蕎麦やもり蕎麦に使う単位です。

手繰る(たぐる)?

手繰るとは、本来、紐や綱などを両手を使って手元に寄せることを意味する言葉です。なぜこういう言い方を蕎麦に対してするようになったのかというと江戸時代の大工さんたちが、蕎麦を隠語で下縄(さげなわ)と呼んでいたことから始まったのだそうです。

下縄とは、土蔵(どぞう)を作るときに使われたもの。まず土蔵とはこれ。

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土蔵
画像引用:建築用語集

日本の伝統的な建築様式で耐火性のある構造にするために屋根は 瓦葺きにし、外壁は30センチ程度の堅固な土で固めた土壁にし、漆喰で仕上げたものです。

この土蔵の壁の下地を小舞(こまい)と言います。

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木舞
画像引用:【図解第2弾!】土壁の下地、竹小舞をあむ。

この木舞に結んで下げた縄が下縄です。なので大工さんたちが「蕎麦」を「下縄」と隠語で言うのですが、「蕎麦を食べる」が「下縄を手繰る」と呼ぶようになり、蕎麦を食べることを「手繰る」と表現することが普及しました。

もり蕎麦、ざる蕎麦、せいろ蕎麦の違い

せいろ蕎麦

せいろとは、木の枠の底に簀(す)を張ったもので、食品をのせ、下から湯気を通す蒸し器です。「蒸籠」と書きます。こんなもの。

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二八蕎麦のようにつなぎを使って千切れにくくなるまえまで蕎麦は十割蕎麦が普通でした。江戸時代の話です。茹でると千切れやすいので蕎麦はせいろで蒸して出していました。江戸時代、肉体労働者が多かった江戸では、甘辛いものを好んで食されていました。そんな食生活のなかでは白米がレギュラーの主食で、蕎麦は間食や夜食という扱いでした。ファストフードみたいなものでしょうか。(江戸では天ぷらや寿司もファストフードでした。)

せいろ蕎麦は、蒸した状態でだされるので、元来は温かい状態のまま供されていました。冷たい蕎麦の器に、せいろが使用されるのは、このせいろ蕎麦が起源。

もり蕎麦

江戸時代は、蕎麦切り(麺になった蕎麦)はそばつゆにつけて食べるものでしたが、江戸中期ごろからこれが面倒だということで蕎麦にぶっかけて食べる「ぶっかけ」が流行ります。この「ぶっかけ」は区別して、盛って出す蕎麦を「もり蕎麦」と呼ぶようになりました。もり蕎麦の由来は、この「ぶっかけ」と区別するために生まれた呼び名でした。ちなみに「ぶっかけ」は冷たいつゆをかけたものですが、寒くなると温かいつゆをぶっかけて食べるようになり、これを「かけ蕎麦」と呼びました。もり蕎麦は、皿やお椀、せいろに載せて供されていました。

ざる蕎麦

もり蕎麦を蒸しかごや更にのせたままで出すのではなく、竹ざるにのせてだしたものをざる蕎麦としました。明治以降になり、ざる蕎麦には揉み海苔を載せるようになりました。ざる蕎麦の起源は、深川洲崎(「ふかがわすさき」現在の東京都江東区東陽一丁目)の蕎麦屋「伊勢屋」が、ほかのもり蕎麦と差別化を図って考案したもの。

明治に入ってから、安価なもり蕎麦、高価なざる蕎麦という差別化がされていき、ざる蕎麦には高価なそば粉を使い、海苔が載せられるようになりました。つゆももり蕎麦は雑節だしや二番だしが使われ、ざる蕎麦には鰹本節だしや高級品だった味醂が使われるようになりました。

蕎麦の産地

更科の語源、長野は日本の蕎麦の収穫量では6.1%で3位。1位は北海道で37.9位。2位は茨城で7.4%。その他、山形、福井、栃木、福島でも生産されています。

まとめ

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参照