「とりあえずマックス・ウェーバーに一回ふれてこと」が動機で読みました。
時代がおもしろい。
尾高 邦雄による翻訳が1936年。原本の出版が1919年。第二次世界大戦前の日本、と第一次世界大戦の末期のドイツなんですね。
そんななか読まれたってことを考えて読むと、当時の学生たち、または先生たちの気迫のある息遣いが聞こえてきそうです。
が、難解!
「こういう本です!」ってまだ説明しがたい。ただし翻訳者の尾高さんが、わかりやすくまとめてくれています。
そのまえにこの本は、マックス・ウェーバーが、1917年に大学生に向けてした講演で、教師や研究者っていいなーって憧れがちの学生たちに、
「現実はちゃうで」とたしなめる内容で、学者たちの現状を開陳しています。あ、尾高さんは、どうまとめているかというと
ウェーバーがこの講演で言おうとしていることは次の3点
1)経済的職業の意味としての学問の現状
2)職業としての学問に対してとるべき態度
3)学問と政治はきっぱりわけるべし。教師は指導者じゃないから主観的な主義主張を学生に押し付けたらいけない
とかく触れにくそうな、めんどくさそうなマックス・ウェーバーに「えいや!」と触れてみた感想としては、理解することはちょっと諦めて、いっかい声をきいておこ、触っておこう、それから湧く疑問にひとつずつ向き合おう、というの良さそうな接し方かな、と思ったよ、というものでした。
そうそう、英語でのタイトルは「Science as a Vocation」。学問って、サイエンスなのねーと今更ながら得心したのと、Vocationってことばに含まれるニュアンス。元来、「神から与えられしもの」という意味が含まれるこの単語。やっぱりもっとキリスト教に精通しておかないと深いところで理解しそこねるなぁと自戒。
大田 2020年6冊目